児童の権利条約への日教組の取り組み

 児童の権利に関する条約や子どもの権利条例を学校ではどのように教えているのでしょうか。以前、国連の児童の権利条約の第31条を、子どもたちが自分の言葉で表したものとして「遊び、遊ぶ、遊べ、遊んじゃえ!」と公民の教科書が教示していることを紹介しました(拙ブログ「給食だけ食べに来る生徒達」)が、日本教職員組合(日教組)も児童の権利条約(日教組は「子どもの権利条約」と呼んでいます)を推進しています。

 このことについては日本政策研究センターの「明日への選択」平成10年4月号の論文「『人権』教育は国家解体運動だ 『児童の権利条約』誤った解釈・正しい解釈」でも取り上げていますので、一部ご紹介します。(是非、全文をご覧下さい)


 現在、日教組の教師を中心に、権利条約を子供に教えたり実践させたりする運動が全国で展開されている。日教組が編集した『子どもの権利条約・実践ハンドブック』(計三冊)には、そうした運動事例が報告されている。

 例えば授業で、「なんか、おかしいな」と思ったことを子供に喋らせ、条約への理解を深めたという青森県の小学校の事例――。先生は「宿題を忘れて、廊下に立たされた」との子供の意見を取りあげた。そして、「『勉強する権利』があるのに、廊下に立たされると勉強できない」、「『宿題を忘れた』ことと、『廊下に立たされる』ことは、関係ないことだ」――と指導。「みんなで『おかしい』と言おう!」と結論付ける。だが、これでは「宿題を忘れても良い」と子供たちに言っていることにはならないか。

 一方、学校行事や校則等の見直しに取り組んだ事例もある。岩手県の中学校では生徒の「頭髪自由化」要求から生徒会主導で校則改正運動が始まり、学校長・教職員がそれを容認。その結果、「生徒の権利と義務」を謳った新校則が作られ、さらに「そもそも学校は自分の願いを実現する場所…」等と宣言する「生徒会権利憲章」まで成立した。

 日教組はこの事例を「全国的に見ても先駆的な実践」と評し、「この実践をもとに…自校の『校則』について批判的検討を加え、平和・人権・民主の精神が一貫している『校則』(憲章)を創り出しましょう」と呼びかけている。今後、こうした権利条約の「実践」が全国に広がることが懸念される。

 さらに、中にはこんな非常識な「実践」さえ出てきている。神奈川県のある小学校では、修学旅行での宿泊を「子供の意思」を尊重して男女同室にしたというのである。

 そのレポートには、「個人の意思を尊重しつつ、全体の統一をはかろうとする中で悩みながら、今私達は『子どもの権利条約』と向い合っている」との問題意識が記された後、「修学旅行への取り組み」として、こう記されている。

「部屋割りは男女一緒か別かで意見が分かれ、話し合いが数回繰り返された。各クラスでの話し合いの結果、4クラス中1クラスが男女別室、3クラスが男女同室となった。…男女同室の子から特に困ったという申し出もなかった」

 これには、「教職員から見て」として、こんなコメントまで付いている。

「男女同室か別室が良いかは一人ひとりの感じ方も意見もあり、どちらとも言えない。しかしそのときどきの子どもの実態や要望に沿って、教職員が関わり、親の了解を得て、最終的には子ども達の話し合いで決めていく方法がいいのではないか」

 要するに、「個人の意思」や「子ども達の話し合い」に任せるのが「人権」教育というわけだ。だが、やっていることは「放任」もしくは子供への「迎合」だ。「困った」という苦情がなければ良いという話ではないし、仮に苦情があっても教師に打ち明けられない子供もいるかもしれない。今日、権利条約の「実践」として、こんな教育的配慮に欠けた非常識までまかり通り始めているのだから恐ろしい。



 実際に日本教職員組合編「子どもの権利条約・実践ハンドブックVOL.3」を購入してみますと、上記の例の他にも様々な実践例が掲載されています。先ず実践例の前の「解題・子どもの積極的参画を」ではその最後で小学一年生の「くちごたえ」という詩を紹介していますが、母親に「くちごたえをしたらいけません」と叱られたことに対し「せんせい くちごたえってなんですか わたしは いけんをいっているつもりです」という内容で、ここだけ見ても日教組が児童の権利条約をどのように解釈し実践しようとしているかがわかります。

 更に内容をみていきますと、修学旅行の部屋割を男女同室にした神奈川県の小学校では、体操着も自由化した実践例が掲載されていますが、「指定の体操着は、夏は布地が厚い、冬は寒い、ブルマーは恥ずかしい等の声」を聞いて、「子どもの権利条約を認めることの一つとして、今までは学校が決め手いた体操着を、子どもや家庭の判断に任せてみた」そうですが、従来の体操着が暑い、寒いという理由であれば、夏用と冬用に分けるなどの措置で十分なはずで、規律や集団生活を学ぶ大切な時期に児童の権利を理由に自由化する必要はないのではないでしょうか。

 また、岩手県のある小学校では、日教組の教師が「滋賀県のある学校で『遊ぶ時間が欲しい』という子どもたちの意見を聞き入れ、下校時刻を早めたり昼休みの時間を延長したりしたという話を紹介した。また、子どもの権利条約の意見表明権の話を簡単にしてやった」上で、児童にアンケートをとったところ、「3年生は70%が持久走をやりたいと考えており今まで通りの持久走大会を支持している子どもが多かった。ところが4年生以上になると逆転し、70%くらいの子どもがやりたくない方に印をつけて」いると分析していますが、やりたくないからといってやらせないのでは教育は成り立ちませんし、やりたくない理由については「やりたくない理由では『疲れるから』というのが多いのは意外であった。むしろ『走るのが苦手』『下の順位を取ると恥ずかしい』という理由が多いのではないかと予想していた」と分析していますが、実際には「疲れるから」という小学生らしい理由が多く、そうした児童を努力して完走させることが教育であるのに、「走るのが苦手」というような自分たちに都合の良い理由を予想し、しかも教師が先導して持久走の見直しをさせているのです。


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